ある日、ベビーシッターに息子をあずけたとき「今日はヤギさんを一緒に見に行きました」と報告された。
どこにヤギがいるんですかと思わず聞いた。徒歩圏内にヤギがいるなんて、ぜんぜん知らなかったのだ。
聞けば車でよく通る場所だった。私も息子と一緒にヤギを見たいと思ったので、行ってみることにした。
ヤギはいた。しかもたくさん。
ヤギがいたのは、仕事でもよく足を運んでいた建物と消防署の間の道。こんなところにこんな道があり、こんなにヤギがいたなんて。
私は職業柄いろんなところへ取材に行くので、県内のいろんなスポットを知っているつもりだったけど、ぜんぜんだった。県内どころか、住んでいる半径数キロメートルのこともたいして知らなかったのだ。
そんなことを思いながらヤギに歩み寄る。近づくとヤギもこちらに興味を示してくれて、ぞろぞろと集まってくる。
すかさず息子に「ヤギさんだね」と声をかけた。息子は抱っこひもの中でまっすぐな姿勢を保ったまま、ため息が聞こえてきそうなほどうっとりした表情でヤギを見つめている。こんな表情ができるんだ、と思わず息子を見つめていると、ヤギが一言「めぇ」と言った
数分間ヤギ見を楽しんだあと「ヤギさんばいばい」と挨拶し、背を向けて歩き出した。
数歩歩いたところで後ろから、先ほどより大きな声で「めぇ~」と聞こえた。
思わず振り返ると、ヤギが全員こちらを見つめている。
あまりにも全ヤギがこちらを見ているので思わず笑ってしまった。
ふと、きっと私ひとりで足を運んでいたら、ヤギたちはこんな風に見送ってはくれなかっただろうとなんとなく思った。0歳児のピュアな存在があったから、ヤギは勢ぞろいで見送ってくれたのだろう。
「これからがんばれよ」
ふと、ヤギは息子にそんなことを言ったんじゃないかと思った。ヤギたちのあのまなざしは、私には入り込めない、純粋に生きている者同士のエールだったんじゃないかと。
ライター
三好優実