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首里散歩 Vol.141 島バナナの絵と暮らす 2022年8月7日

すこし前に、島バナナの絵を買った。

絵を買ったのははじめてだった。

絵のある暮らし、というのに憧れたことはあるけれど、実際に数万円する絵を買う勇気はこれまで一度も出たことがなかったから。この絵を買ったときも、「欲しい」と言い、決断したのは夫だった。

絵のある暮らしがはじまり、数か月。

正直、アートというものが与える影響を軽視していたなと思う。ふと目にとまるものがエネルギッシュだと、楽しい日はもっと楽しくなるし、疲れた日は充電できる。

苦しいときに目のやり場があることで、ろくなことを考えずに済むことを知ったし、自分をご機嫌にすることの大事さにも気付いた。なにより、家に好みの絵があることのゆたかさを知った。絵と目が合って、ニコニコしてしまう自分もすごく好きだ。

ふと夕暮れどき、窓から差し込む光にゆっくりと重なっていく姿に目が釘付けになった。時間の流れとともに、すこしずつ焦げ付くように濃ゆい島バナナへと変化する。

暗くなって見る島バナナは、エネルギッシュというよりもすこし力を失ったようにも見えた。だけど翌日になるとまた、エネルギッシュな島バナナに戻る。だからどうしたということはなくて、ただただ「この絵と暮らしているんだな」と思う。

「絵を買う」ということは、鑑賞するのとはすこし違うのかもしれない。その絵の持つエネルギーと暮らす、ということなのかも。
目が合って笑顔になったり、すがるように無心で見つめたり、かと思えば目をそらしたい日があったり、ときに何も感じなかったり、暗闇に佇む濃さにびっくりしたり。

「作品」だったときとは違う影響を与えてくれることが、「絵を買う」ことの特権なのかもしれないな。たとえばそれは、誰かと暮らしはじめることみたいに。

ライター
首里石鹸 三好優実