先日、マンゴー好きな母にマンゴーを送った。7月ごろに届くらしい。毎年楽しみにしてくれているので、毎年この時期になるとマンゴーを送るのが恒例になっていた。
けれどずっと「なんかなぁ」と思っていた。
わたしは毎年、通販で注文する。なるべく安いところでいつも買っている。自分が食べたことのないマンゴーを母に送っているのだ。母にとっては「沖縄に住む娘から届いたマンゴー」だけど、実のところ母がスマホで注文しても同じものが届くのである。
母は毎年喜んでくれる。けれど本当は、いろんなマンゴーを食べ比べた上で「ここのマンゴーがほんとうにおいしいから食べて!」をやりたい。現地に住む人ならではの送り方がしたい。だけどそれは難しい。高いし、食べ比べたところでおそらくわたしに味の違いなんて分からない。マンゴーはどれもだいたいおいしいのだ。

先日、サーターヤー(製糖工場)でできたての黒糖を食べて、ずいぶん感動した。温かくて柔らかく、口の中でほろりと崩れるくちどけだった。あまりのおいしさに、息子と何度もおかわりした。

そのとき思った。
「できたて」だけは送れないなと。
わたしは母に送ったマンゴーのことを思った。
「ここのマンゴーがほんとうにおいしいから食べて!」ができないのなら、別の方法で「現地に住む人ならではの送り方」ができないだろうか。
思い立って、マンゴー収穫体験ができる農家を調べてみた。ある。7月に開催するらしい。とりあえず行ってみよう。息子と今年、体験してみよう。そして送れそうなら送ってみよう。それなら「沖縄の娘から届いたマンゴー」になるではないか。
それを食べた母がもし「これまでのよりもおいしい」と言ったら、来年は一緒にやろうと誘ってみよう。沖縄に遊びに来てよと誘うたびに、何度もはぐらかされているのだ。これを口実に、来年こそは沖縄に誘いこめるかもしれない。
ライター
三好優実